「買取着物は、縁ある着物好きのもとへ」
お客様が大切にされていた買取着物は、縁あって着物好きの方の目に留まり、その季節を待って着られることになります。いまの着物好きの方はあつらえものというより、アンティーク・リサイクル着物に、自分好みの小物を組み合わせて、気軽に着物を楽しむようになりました。このコラムでは日々の暮らしの中で自由に着物を着こなし、そのわくわくするような時間を楽しんでいる方たちに話を聞いていきます。
第3回は、人形やオブジェも制作される着物歴15年のイラストレーターの方に、着物を着始めたきっかけや自分流の気こなし方などについてうかがってみました。
▼珍しい魚のアンティーク帯<左>
<左>ブルー地の流水文に飛び魚が跳ねる。
<右>黒地の水文を赤と緑のつがい鯉が泳ぐ
▼着物に時計も好き<右>
<左>母から。
<中央>祖母の形見。
<右>仕事仲間からいただいたエルジンの懐中時計
着物を着始めたのは15年前、祖母が亡くなって桐箪笥一棹を着物ごとゆずり受けてからです。生涯着物で通した祖母は着道楽の人で、日本橋三越でよく着物をあつらえていました。祖母はいい着物を着ていましたから、このまま捨てられるのはもったいないと思ったんです。 祖母が亡くなるまで着物にまったく興味がなかったのですが、祖母の着物は母と姉には小さく、着られるのは私しかいなかったんです。それに着物は興味がなくても案外身近だったかもしれません。祖母の着物姿を小さい頃から見て育ち、うちにも呉服屋さんが来て家族に見立てた反物や帯を広げていましたから…。 祖母は日本画を描いていたので、色に敏感だったと思います。色彩感覚があって、いい色の着物を着ていました。そんな祖母が好んだのが、新潟県の塩沢紬です。たて糸は生糸・玉糸、よこ糸には真綿手紡糸を使った絹織物で、肌ざわりがとてもやわらかく、極細な十字絣や亀甲絣柄がほどこされています。生産数が少ないので幻の紬ともいわれているんです。 私も祖母の塩沢紬が好きで、自分では手に入らないような着物をいま日常的に着られるのは幸せだなと思っています。中でも一番好きなのが、あずき色の塩沢紬です。祖母が両親の結納に着て行ったそうです。これは深い色ですが、薄紫やうぐいす色など淡い色調のものもそろっていて、季節や気分に合わせてよく着て出かけています。
着物は30枚ほど持っていますが、その多くが祖母からゆずられたものです。これ以上ほしいと思わないくらい、祖母はいい着物をそろえていました。帯は私には地味なこともあってもらわなかったので、帯を買うことから私の着物歴が始まっています。 最初に買った帯は、銀座の着物アンティーク店でワゴンにあった大正時代のものでした。ピンク地に木蓮とシャクナゲが広がり、そこに燕が飛んでいるんです。裏は赤地で南天の柄が描かれています。柄も好きで色もすごくかわいいですし、今も気に入っています。大正の帯は途中で柄が逆になる引き抜き帯になっています。その構造、デザインは見事に美しく、ほれぼれしますね。 それからこの時代の帯を1枚2枚と買いそろえて、着物を着る機会が増えていきました。今では20~30本ほどあり、そのほとんどが大正から昭和初期のものです。帯はデザインがいいものに引かれ、特に鳥や魚の生き物柄、花柄などが好きで珍しいものがたくさんあります。
▼アンティーク帯コレクション<左>
<上左より>お祝いの席に締める丹頂鶴、パンクな感じのコウモリ、表情豊かな雀、高貴な白鷹。どの鳥柄もとても気に入って購入
<下左より>盛夏に締めるポピー、ダリアやコスモスなど秋の花々、桜やシャクナゲなど春の花々、珍しいカタバミ、吉祥模様の桐花。季節を先取りしながら花柄帯を楽しんでいる
▼愛用の桐箪笥<右>
祖母の形見に桐箪笥一棹、着物30枚入ってもらう
着物を着て出かけるようになると、よくお稽古ですかと聞かれました。それで、何か芸がないとだめなのかなと思って、気に入って4年ほど前に始めたのが立礼(りゅうれい)です。明治の頃に外人のために考えられたテーブルでお茶をたてる茶道で、月1回の稽古に着物を着て行きます。あとは自由に着たい時に着物を着て出かけています。
着物の魅力といえば、やはり一番は季節感を楽しめることです。私は特に帯ですが、桜の季節には桜の帯をするとか、その季節のものを締められるのが楽しい。その時しか締められないと思うと、逆にわくわくします。その特別感がいいんですね。お正月にはこの帯を締める、半衿はこれをつけると決めているものもあります。それに帯で季節を呼ぶともいわれますから、季節を少し先取る着こなしも楽しみます。着物を着るようになって季節が待ち遠しく、いとおしく感じるようになりましたね。
自分流の着こなしは、祖母の“地味”ないい着物に色や図柄が“派手”な大正の帯を合わせることです。その“地味派手”な着こなしに、黄色をさし色にするのが好きです。ビビットな黄色の半衿、帯揚げ、帯締めをよく使います。この3点で着物の印象がすごく変わりますから、それが着物の楽しいところでもあります。 帯の締め方でも自分らしさを楽しめます。私はお太鼓の両側に角が少し出る銀座結びが好みです。ちょっと粋でかわいらしい感じになります。簡単に締められる半巾帯を使うのもおすすめです。帯揚げ、帯締めがいらないので、気軽に締められますよ。
祖母の桐箪笥を開けるたびに、着物の楽しみが無限にあふれ出てくるように感じます。例えば、着物を包むたとう紙。佐世保の呉服屋さんの名前を見つけて、佐世保に赴任していた祖父が祖母に着物をあつらえていたことがわかりました。あと女系に伝わる女紋にも興味があります。まだまだ着物の興味は尽きることがありませんが、これからしたいことは、一度は自分で着物をあつらえたい。これに尽きますね(笑)。
木蓮に燕が舞う大正の帯で華やかに
着物 | あずき色の塩沢紬。祖母が両親の結納に着た勝負服 |
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半衿 | 古着屋で買ったフランス製レースを半衿に |
帯 | 木蓮とシャクナゲに燕をあしらった大正のアンティーク帯(引き抜き帯)。アンティークモール銀座にて2,000円 |
帯揚げ | 薄茶色の縮緬。デパートで購入 |
帯締め | 黄色に赤と白色がポイント。母より |
バッグ | 作家の木製バッグ。冠婚葬祭に使いやすい |
フランスのインド更紗帯でガール風
着物 | 薄紫色の塩沢紬。これも祖母の形見 |
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半衿 | 着物のはぎれ |
帯 | 名古屋帯。17~18世紀フランスに輸出されたインド更紗から作られている。灯屋で4万円くらい |
帯揚げ | ピンク地の子ども用 |
帯締め | 着物リサイクル店で |
帯留め | ガラス細工のブローチ。パリの蚤の市で |
草履 | 竹皮製。熊本市の老舗履物店で買う |
大胆な百合柄の帯でモダンが際立つ
着物 | 黒地に松柄が施された麻の絣。祖母より |
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半衿 | 白の絽 |
帯 | 百合柄がモダンな絽の名古屋帯。着物アンティーク店で2,000円 |
帯揚げ | 疋田(ひった)絞りが入った流水柄 |
帯締め | 帯の緑縞と合わせて |
バッグ | 山ぶどうつるで作る籠バッグ。なめし皮のよう |