「買取着物は、縁ある着物好きのもとへ」
お客様が大切にされていた買取着物は、縁あって着物好きの方の目に留まり、その季節を待って着られることになります。 このコラムでは世代や男女の枠を超えて暮らしの中で自由に着物を着こなし、着物とのかかわりを大切にしていらっしゃる方々に話を聞いていきます。
第9回は、美容師免許をお持ちで着物の着付けを学ばれ、着物の相談を受けることも多いという女性に、着物の魅力や着付けのコツなどについてうかがってみました。
▼気に入っている羽織<左>
すべて兄嫁からもらったもので、色柄が好きで気に入っている。右端以外はふだん使いで着ている
▼着物用の髪飾り<右>
<右上>祖母の形見、べっ甲の櫛とかんざし。明治時代のもの
<右下>着物用ヘアセットに使う髪飾り
美容師免許を取る際、着物の着付けも習いましたが、それではもの足りなく、本で見た著名な着付け師の方を訪ねて教えていただきました。その頃は若くてそういうことも平気だったんですね。そこで一流といわれる着付けを目の当たりしたのですが、基礎がぜんぜん違うんです。紐の結び方一つでお腹が苦しくなく、半日は着崩れしない。おはしょりも中に半紙を入れてきれいにしていました。本当に着付け次第で、こうも楽にそして美しく着物を着られるものなのかと驚きました。それから着付け用のボディを買って、着付けの基礎や帯のいろいろな結び方を繰り返し、独学で勉強しました。いまも自宅に当時の着付け用ボディがあります。着付けを仕事にしませんでしたが、身内の冠婚葬祭や知人・友人に頼まれた際には着付けだけでなく、ヘアセットをすることもありました。うちにはひと通り、着物や帯、帯揚げ・帯締め、髪飾りなど小物も揃っていますので、足りないものを貸して差し上げることもできます。
私の若い頃は、嫁入り道具の一つとして着物を揃える時代でした。母が結納のときに誂えてくれた紗の着物はいまも一番のお気に入りで、着ると暑い日でも背中がしゃきっとします。結婚当時の桐箪笥はいまも使っていて、亡くなった母の着物や兄嫁からゆずられた羽織など、家族の思い出のものも増えています。母が大切に着ていた大島紬はやっと最近、ふだんに着られるようになりました。その着物に相応しい年齢になったのだと思います。 着物には洋服ではおよばないストーリーがあるように思います。祖母から母へ、母から私、そしていま私から2人の娘や孫へと着物がわたって、その着物を広げると家族の物語が紐解かれるというのでしょうか。
実家は福井県ですが、浅草に住んで40年、結婚当初の着物を広げると祖母や母のこと、福井のことも思い出します。そして浅草で育った長女は沖縄にお嫁に行って、そこで孫も育っています。沖縄の嫁ぎ先から本場久米島紬の反物を贈られましたが、それを長女が着ることも考えて仕立てました。いま沖縄に住む孫娘に浴衣を作っています。沖縄の青い空の下、浅草のバーバが作った浴衣を孫娘が喜んで着ている姿を想像しながら、ひと針ひと針縫うのですが、それは楽しい時間です。
▲家族の浴衣<左>
左から、薄茶色は次女、水色は長女、白は自分用、藍色は次女の浴衣。地元浅草では夏に浴衣を着る機会が多い
▲孫の浴衣<右>
長女の3歳になる娘に浴衣を縫っている。今夏に着せたい
実は、50肩になってから着物を着ることが少し億劫になりました。帯を結ぶのに手がよく回らなくなり、着る準備や後片付けも年を取ると面倒にもなってきます。それでも大切な方からお誘いがあったときには、感謝の気持ちを言葉ではなく着物に表して出かけます。着物の魅力の一つは、着物を着ていくと誰からも喜ばれることです。着物は着るためにかける手間や時間を引いても余るほど、着物には人を引き付ける華があるんですね。ですから、着物に少しでも興味をお持ちの方でしたら、着物を着てほしいと思います。ご家族のもので箪笥の肥やしになっているものもあるでしょう。着物のコーディネイトを相談されることも多いですが、失敗もしないと覚えられませんので、とにかく着ることが大切です。
また、自分で着物を着られないという方も浴衣ぐらいは着られると思います。浴衣が着られたら、着物もちょっと本を読んで勉強すると着られるようになります。周りで着物に興味をもち始めた方には、気に入っていただけたら自分が着なくなった着物を差し上げることもあります。その際には自分で着られるように、私流の着物の着付け方法を教えるようにしています。例えば、帯は幅の下部分をしっかり体に密着させて、胸のほうの上部分をゆるく体から離します。そうすると着物の裾がぴたっと足に張り付いて着崩れしにくく、しかもお腹が苦しくなく楽に着られます。お太鼓結びが難しいという方も帯枕を使うと簡単にできるようになります。
これから時間もできますので、身近な人だけでなく多くの方に着物の着付けや楽しみ方を教えることができたらと考えています。地元浅草は江戸文化がいまも息づき、着物に魅かれる外国人や若い方も多く集まります。そういう方にも何かお手伝いができたらいいですね。
いずれ娘にと地元浅草で仕立てる
着物 | 泥染め久米島紬。重要無形文化財である沖縄県の本場久米島紬。沖縄に住む長女の嫁ぎ先から反物を贈られ、地元浅草の呉服屋で仕立てる。まだ袖を通していないが、いずれは娘にゆずるつもり |
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帯 | 貝紫染め帯の作り帯。帝王紫と呼ばれ、古代から尊ばれた貝紫染め帯。これも長女の嫁ぎ先から贈られたもので、娘のために呉服屋に頼んで作り帯にしてもらう |
帯揚げ | 東雲(しののめ)ちりめんの淡い2色ぼかし帯揚げ |
帯締め | 鴬色の帯締めで渋くまとめる |
淡い水色を挿して涼味を誘う
着物 | 涼し気な草の柄が入った黒い紗の着物。結納のときに母が仕立ててくれたもので、いまも大事にしている。下に地紋がある夏の長襦袢を着て |
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帯 | 貝紫染め帯の作り帯。帝王紫と呼ばれ、古代から尊ばれた貝紫染め帯。これも長女の嫁ぎ先から贈られたもので、娘のために呉服屋に頼んで作り帯にしてもらう |
帯揚げ | 絞りが施された薄い水色の帯揚げ |
帯締め | 薄い水色の帯締めで涼味を誘う |
エネルギッシュな帯を合わせてみる
着物 | 母の形見、深みのある泥藍大島紬。お城の柄が織られている |
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帯 | 20代の頃、母に買ってもらったデザイン性の高い名古屋帯。白地に赤、黄、青の原色が広がる大胆な色柄帯は締めると元気がでてくる |
帯揚げ | 着物と帯をつなぐ紫色を選ぶ |
帯締め | 赤でエネルギッシュなイメージを広げる |